モンハンのエコロジー――世界観の根本問題について
『モンスターハンターワールド:アイスボーン』*1をマスター級の最終クエストまでクリアした。プレイ時間は七十時間。一ヶ月弱の長きに渡る戦いだったが、最終盤以外は飽きずにやれたと思う。
一応、自分にとってモンハンは小学生の頃から触れている馴染み深いタイトルだ。しかし高校以降はゲームと縁を切っていたため、本作は『MH4』以来十年ぶりとなる狩りだった。十年も経てばゲームのハードは二周りくらい進歩するもので、往年のモンハンの骨子を残しつつも快適性とリアリティを著しく向上させた本作は、もはや別ゲーと言って良いほどのクオリティを実現していた。美麗なグラフィック、シームレスで立体的なマップ、簡略化された採集モーション、ピッケルや竿の上限撤廃、環境生物に環境ギミック……と、例を挙げればキリがない。
しかし本稿で論じるのはこれらゲームシステムではない。
従来のモンハンから大きく進化したもう一つの要素、即ちストーリーについてである。
以下、『MHW:IB』の結末までガッツリとネタバレする。望まざるものはタブを閉じよ。
- 強度の高いストーリー
- 『MHW:IB』のストーリー
- ストーリーの評価
- ストーリー最大の批判点——調和の論理
- 世界観の根本問題について
- 自然の中の二つの異物—―人間と古龍
- 終わりに——今後のモンハンの展開に向けて
強度の高いストーリー
『MHW』で最も感動した点は何か。そう聞かれれば自分は「ストーリーの強度が上がったことだ」と応える。無論、従来のモンハン*2にもストーリーと呼べるものはあった。ただ、本作のストーリーは従来のシリーズ作品のそれとは「強度」が違うのだ。どういうことか。
モンハンはアクションゲームである。そのゲームとしての骨子はあくまでアクションや協力プレイにある。ストーリーの役目はその補完、つまりアクションを成り立たせる舞台装置たることだ。豊富で独特な設定はフレーバーテキストや資料集で匂わせられるに留まる。考察厨は落ち穂のような設定の断片をかき集め、モンスターハンター大辞典Wikiの世界観カテゴリを日夜充実させている。
ところが『MHW:IB』のストーリーは世界観と強く結び付いており、極めて強力な筋を持っていた。従来作品との違いは主人公の立場一つを取っても明らかだ。従来の主人公はギルドに加入したばかりの新米ハンターだったが、本作の主人公はギルドに選び抜かれたエリートである。また前者が舞台となる村やキャラバンで身近な問題の解決を積み重ねていくのに対し、後者は「古龍渡り」の謎の解明という明確な目標を追求していく。そして、この謎が解き明かされたとき、モンハン世界の根幹に関わる重要な設定が明らかとなる構造になっているのだ。『MH4』などでも「狂竜病」の謎がストーリーを牽引していたが、『MHW』のストーリーがその仕掛けの複雑さと壮大さ、要するに「強度」において従来作と一線を画していることはプレイヤーなら同意してくれるだろう。
『MHW:IB』のストーリー
ここで一度、本作のストーリーを整理しておこう。繰り返しになるが思い切りネタバレするので注意されよ。
『MHW:IB』のストーリーは波に揺れる船の中から始まる。向かう先は未開の新大陸。船中にはハンターや職人、学者、アイルー達が満載されていた。彼らはハンターズギルドに選び抜かれた精鋭「新大陸古龍調査団」である。その目的は「古龍渡り」の謎を解明すること。古龍渡り——十年に一度起こる、現大陸から新大陸*3への古龍の大移動。調査が始まって数十年経つ現在においても、そのメカニズムは明らかとなっていない。此度の調査団派遣は五度目。プレイヤーは新しく派遣された五期団推薦組のハンターだ。
と、ここまでが導入部。この後、船が超巨大古龍ゾラ・マグダラオスによって転覆させられるというハプニングに見舞われ、プレイヤーの操作パートが始まる。受付嬢とともに古代樹の森に降り立ったプレイヤーは、そこから調査団の拠点を目指してフィールドを探索していく。
以降のストーリーはかいつまんで述べる。
調査団の当面の目的は此度の「渡り」を実行した古龍ゾラ・マグダラオスの追跡調査に定まる。その進行ルートを分析して目的地を予測し、中途で進行阻止と捕獲を試みるも失敗し……ということを行なっているうちに「古龍渡り」の真相が明らかになる。
「古龍渡り」とは死期を悟った古龍が死に場所を求めて行う移動だったのだ。 下位クエスト後半で新たに行けるようになるフィールド「瘴気の谷」には巨大古龍の骨が大量に散らばっている。そこが彼らの墓場であり、その遺骸の持つ莫大なエネルギーが谷の上層に「陸珊瑚の台地」を育む。つまり新大陸の生態系は「古龍渡り」によって支えられており、プレイヤーが調査してきたフィールド自体がこの巨大な生態系の一環を成していたわけだ。
その後もストーリーは色々と展開していくのだが、本稿と関係のある範囲はここまでだ。
ストーリーの評価
このストーリーだが、自分ははっきり言ってかなり面白いと思った。この初代オープニングムービー(3:00~)からも分かるように、モンハンはシリーズ最初期から「生態系」を大きなテーマとしている。
草食竜アプトノスを鳥竜ランポスが襲い、飛竜リオレウスが横取りし、それをハンターが狩る……。食物連鎖が織り上げる雄大な自然の秩序。モンハンの世界観がただ竜が火を吐くだけのファンタジーとは異なっているのは、こうした生態系の感覚が通底しているが故だろう。
『MHW:IB』はそうした独自の世界観をしっかり掘り下げ、ゲーム体験としてプレイヤーに提示することに成功している。特に自分の探索してきたフィールド自体が生態系の一角だったという仕掛けには驚かされた。「瘴気の谷」を探索していると「陸珊瑚の台地」のモンスターの死骸が落下してきたりするのだ。そして何よりネルギガンテの存在。古龍を食う古龍の正体が新大陸の生態系の「調整弁」だという結末のスマートさは、マスター級終盤の演出もあって天晴れという他ない。「これはエコロジーSFだ!」と言いたくなるようなクオリティだった。
捕食行動や縄張り争いなど、モンハンはこれまでも世界観の表現とゲーム性を利用立させた独自のシステムを採用してきた。本作はその一個の到達点であるようにさえ思う。
ところが調べてみると本作のストーリーの評判が芳しくないことに気付く。特に批判されているのは「受付ジョー」*4と「調和団」である。というわけで特に本稿に関係のある後者について解説しよう。
ストーリー最大の批判点——調和の論理
本作で頻出するタームがある。「調和」である。以下に作中での使用例を挙げよう。
調和を目指す者、それがハンターだ。
討伐でも全滅でもない、別の道を選択しよう。それは、調和の道。
極めて曖昧模糊たる言い回しだが、要する「自然のバランスに配慮して良い感じを目指す」というくらいの意味である。この言葉の背景にあるのはハンターについての設定だ。彼らは私欲や私怨で好き勝手にモンスターを狩猟しているわけではない。その活動はギルドによって厳格に統制されている。モンスターの狩猟数は小型モンスターの一体に至るまでカウントして届け出さねばならないし、狩猟対象になるのも増えすぎて生態系に悪影響を与えるモンスターや人間にとって大きな脅威となるモンスターだけである*5。故にハンターは「調和を目指す」。非常にわかりやすい。問題は、この設定と本作中の彼ら調査団の行動が一貫していないように思えることだ。
クルルヤック:キャンプ設営の邪魔になるという理由で調和
パオウルムー:気球の材料にするため調和
アンジャナフ:アステラの周りをウロウロしていたので調和
ネルギガンテ:古竜が暴れている原因と目されて調和(後に冤罪と判明)
ヴァルハザク:新種という理由で調和
本作のストーリーに対するプレイヤーのツッコミが分かりやすく表現されている*6。ちなみにここでの「調和」とは当然「狩猟」を指す。
早い話が「調和とか言いつつ自分たちの都合でモンスターを殺戮しとるやんけ」というツッコミだ。
無論、先述のようにハンターの狩猟はギルドに届け出されているわけで、調査団の活動といえど例外ではないはずだ。しかし、新大陸の生態系や環境には明らかになっていない部分も多い中、飛竜種などの頂点捕食者を軽率に狩猟してしまうのは如何なものか。また「新大陸では未確認のモンスターだ!」→「調和」というスピード感のある展開には「お前ら狩猟以外の調査方法知らんのか」と突っ込まざるを得ない。そもそも彼らは人間がほぼ住んでいない新大陸へ渡った一種の開拓移民であり、その生活のために周辺のモンスターを狩っていく様は侵略的外来種そのものにも見える。こんな理由で新大陸古龍調査団は調和団という蔑称を与えられることになった。
とまあ、色々書いてきたが、この辺はアクションという本作のジャンル上仕方ない部分ではあると思う。逆に聞くが、ひたすら釣りとか虫取りとかしたり、部位破壊した時点でクエストクリアになるモンハンがやりたいか?
なのでこれらの問題は措いておくとしても、本作にはより根本的な、世界設定の内的矛盾とでも呼ぶべき問題がある。というわけで、ようやく本題だ。
世界観の根本問題について
『MHW』本編のストーリーをクリアすると大規模拡張コンテンツ『IB』のストーリーが始まる。新フィールドに新モンスター、新たなクエスト難易度「マスター級」の解放など大ボリュームの拡張版で、従来作品ならば「G級」と呼ばれていたコンテンツである。
この『IB』のメインモンスターが冰龍イヴェルカーナという古龍だ。全身に氷を纏うモンスターで、古龍種の例に漏れない強大な力により周囲の環境を激変させる。このモンスターが本来の生息地である「渡りの果ての凍て地」から抜け出し、あちこちに飛来して環境を激変させているという問題が『IB』ストーリーの骨子である。本来は温暖湿潤な気候だった地域にも氷が降り、各地で未確認の大型モンスターが異変を察知して暴れ始める。さらに気候の激変により調査団拠点も食糧危機に陥る。
流石にここまで来れば討伐すべきという話になりそうなものだが、なぜか調査団の面々は「自分たちは現大陸へ帰るべきなのか……」と弱気なことを言い出す。この辺の展開はほんまに何なのという感じだが*7問題は次だ。ここで調査班リーダーから本作でも特に物議を醸す迷台詞が飛び出す。
俺たちも生態系の一部なんじゃないかな。
人間だって生態系の一部だ。だから足掻いたって良いんだ。この論理で一致団結した調査団はイヴェルカーナの討伐へと突き進んでいく……のだが、ネットを見る限りこの展開は批判どころか嘲笑の対象となっているようだ。まあ実際、先述のように調査団は侵略的外来種のようなもんだから、開き直りも甚だしいというか盗人猛々しいというか。そういうことを思われても仕方ない。
しかし自分は、ここにこそ現時点のモンハン世界が抱える根本問題が表出していると考える。それは本作のキーワード「調和」がスベり散らかしていることにも通ずる。
モンハン世界の「あるべき姿」=「自然」像が固まっていないという問題である。
「調和」という言葉は目指すべき何らかの理想像を措定する。ハンターが何を目指すのであれ、まず目指すべき世界の形が定まっていなければ話にならない。それは「自然」と呼ぶこともできるだろう。しかしモンハン世界の「自然」には二つの異物が存在する。人間と古龍である。
自然の中の二つの異物—―人間と古龍
まず人間について考えよう。人間は自然の一部か否か。これは立場によって意見の分かれるところだろう。自分の直観のみで話をすれば、摩天楼の並ぶ巨大都市は自然とは思えない。一方、熊を狩る狩猟採集民族の集落は自然であると言っていいような気もする。無論、ホモサピエンスが介入した時点で自然ではないという立場も、弾道ミサイルだって自然であるという立場も、極論ではあるがあり得るだろう。いずれにせよ自然であるか否かは文明化の度合いによって相対的に決まる。
ところがモンハン世界の文明の水準はというと、これがよくわからない。生物の骨から作った武具で狩猟をやっていると書けば石器時代並みに思えるが、あの世界には大砲やら蒸気機関やらも存在している。そもそも自然の強大さが我々の住む世界とは桁違いであるし、また自然から入手可能な素材の有用性についてもそうだ*8。あんな世界で「自然」を語るには、まずあの世界の住民の「自然」観を宗教レベルで詰める必要があるだろう。でなければ調和など語れぬはずだ。
次に古龍について。火を吐く竜が出ても魔法は出ないのがモンハン世界の特色である。火を吐くリオレウスの体内には火炎袋という臓器がある。その生物学的な妥当性はともかく、超常現象を引き起こす生物が存在しないモンハン世界は我々の世界に近しい法則を持っている。そして、古龍種はこの法則の外側にはみ出す存在としてデザインされている。火炎袋を持たずに火をまとい、羽ばたくことなく風を起こし、天空から雷を落とす。たった一個体で環境に甚大な変化を起こし、ときには世界滅亡の危機を招くこともある。こういう生物は現実には存在しない。そもそも自分が拠って立つ生態系の冗長性を超える生態を持つ生物種など、自然淘汰の論理からして存在できないだろう。空想上のドラゴンに近い骨格からも分かるように、古龍種は準ファンタジー世界であるモンハンに意図的に混ぜられたファンタジーなのだ。
ここから当然次のような疑問が湧いてくる。古龍は「自然」なのだろうか。確かに古龍は人間とは異なる生物だが、その存在自体が災害のようなものであり、尋常の生態系の内側に収まっているようには思われない。敢えて言うなら、彼らは自然でありながら自然の外に立っている。そんな存在が生態系に甚大な被害を与えたとき、「調和」を目指すハンターは何をなすべきか。古龍の破壊を放置すべきか。討伐すべきか。つまりそこで想定されるべき「自然」とは何か。モンハン世界が準ファンタジーであるからこそ、完全なファンタジーである古龍種はかような問いを引き起こす。
人間と古龍というモンハン世界の二つの非自然。両社が生存競争を行なったのがイヴェルカーナの騒動である。そこでは上記の問題が二つとも、最も鮮烈な形で現れている。つまりあるべき「自然」像が四分五裂しているわけで、そんな中で「調和」だのなんだの言ってもまともな結論は得られない。どんな行動を取ってもプレイヤーが納得しないのは自明であり、「俺たちも自然の一部なんじゃないかな」は始めから破綻することを運命付けられていたのである。
終わりに——今後のモンハンの展開に向けて
自分はモンハンをアクションというより世界観として楽しんでいるクチである。分厚い公式設定資料集は中学生の頃に買ったし、当時はモンハン大辞典も読み漁っていた。そんな自分からすれば『MHW:IB』のストーリーは極めて満足のいくものだったが、世間の評判は頗る悪い。このギャップについて考えている間に生まれたのが本稿だ。蓋を開けてみれば、世界観への拘りが強すぎてストーリーを軽んじる自分のいつもの悪癖が原因だったのだが、さらに突き詰めてみればモンハン世界の「自然」像という予想外の問題につながった。
これはCAPCOMに限った話ではないが、今の日本のゲーム会社は自社IPの強化に躍起になっている。ゲームの大規模化に伴って完全新規タイトルのリスクが巨大化し、シリーズものや人気IPの資産的価値が相対的に大きくなっているからだ。モンハンがストーリーやキャラ方面に舵を切ったのもそれが理由だろうが、本シリーズが今後もこのようなシリアス路線を続けるなら本稿で論じた問題は避けては通れない*9。というのも、何度も言ったようにモンハンのテーマは生態系であり、エコロジーという極めて現代的な問題と密接に関わっているからだ。アクションゲームとしての質の追求はともかく、ストーリーも一級のものにするならエコロジズム盛んな海外の批評に堪え得るだけの論理が必要だろう*10。雑に「調和」とか言っているようでは話にならない。
随分と長くなってしまった。初めてのブログ記事なので許して欲しい。
最近はずっとアクションゲームをやっていたので、この辺で一度ストーリーゲーをやりたいものだ。
*1:以下『MHW:IB』と略す。シリーズ作品も同様の略式表記に則る。
*2:前述のように自分はシリーズを『MH4』までしかプレイしていない。よって本稿で用いられる「従来のモンハン」等の言葉は『MH4』までを指すと思って欲しい。
*3:ちなみにモンハンにおける「新大陸」というワードには複雑な背景がある。以下参照→ モンハン用語/新大陸 - モンスターハンター大辞典 Wiki* 。本稿の「新大陸」は当然ながら公式用語の方である。
*4::受付嬢のこと。主人公を危機に巻き込む無鉄砲な行動が多すぎてこんな蔑称がついた。自分は結構好きなんだが。
*5:少なくとも設定上はそうという話で、ゲームでは装備を作るため希少なモンスターを乱獲することになる。
*6:まとめサイトからの孫引きだが許せ。 出典→【MHWアイスボーン】各モンスターが調和された理由一覧ww【モンハンワールドアイスボーン】 | アクションゲーム速報
*7:まあメタいことを言うと勝負の前に何らかの挫折(感)を設けて奮闘と再起を描く必要があったのだろうが。本作、世界設定はともかくストーリーはシンプルにあんま上手くねえなと思わせられることが多い。
*8:そこら辺の草と石から弾丸が調合できるなど
*9:幸いRiseの双子姉妹はヒットさせることに成功したようだし、キャラ萌えゲーにしてしまえばええやんと思わなくもない。まあ本作のヒロインの評判は散々だが。
*10:別に人新生をやっていけという話ではない。反論するにせよ別案を提示するにせよ、論理の構築は必要だという話である。